Buchla Easel Command 完全解説 ② CVジェネレーター編
次回記事はこちら!シーケンサーやエンベロープなどコントロール電圧を作るセクションの解説をしています。
はじめに
こと日本国内においては、幻のシンセサイザーとして長きに渡り陽の目に当たることのなかった Buchla のシンセサイザー。ユーロラック・モジュラーシンセサイザーのブームを皮切りに Buchla にインスパイアされた新たな製品が数多く生まれています。シンセサイザーに興味のある方はすでに、Buchla、そして西海岸(ウエスト・コースト)といった単語は聞いたことがあるのではないでしょうか?
これから3つの記事にかけて、現在発売中の Easel Command の解説と共に Buchla シンセサイザーの仕組みと楽しみ方について解説をしていきます。すでに Easel シリーズをお持ちの方、導入を検討されている方のみだけでなく、ソフトでの音作りや、他シンセサイザーの音作りや演奏の幅が広がりますと幸いです。
Easel Command の成り立ち
Buchla Easel Command の成り立ちは、1973年に発売された Music Easel をルーツとします。Music Easel は上部の音源モジュールである 208 Programmable Sound Source 、下部のタッチキーボード218 Keyboard、そしてケースと電源を元に、携行可能なセミモジュラー式シンセサイザーとして製作されました。当店に残る資料には1978年当時の Buchla のカタログがございます。その当時は合計2,960ドルで販売されていたようです。現在の物価と日本円で換算すると約100万円ほどの値段であったということでしょうか。
Charles Cohen は当時の Music Easel を使用し続けたアーティストとして代表的です 。彼はダンスや演劇のためのサウンドデザインを主な活動としていたため、長きに渡り音源としてのリリースは無く即興演奏を主なものにしていましたが、80年代に録音されたいくつかの作品が再発掘され音源化されています。ele-king に掲載されているインタビュー記事には彼が Music Easel を手に入れた経緯や、なぜ Easel を使い続けているか、非常に興味深い話が掲載されています。ele-king でのインタービュー記事
80年代の中頃に生産が終了した Music Easel は、2013年に Buchla 社より復刻されることになります。これにより Buchla のサウンドやインターフェースの楽しみは、再び多くの人の手に触れる機会を得ました。2016年に Don Buchla が亡くなり、Easel の生産も終了するのではないかと噂されましたが、2018年より Buchla のスタッフと共に Buchla U.S.A. として再出発をいたしました。
そして2020年、90年代より Don Buchla の右腕として エンジニアを務めてきた Joel Davel が Don の亡き後に新たな Easel を作り上げます。Music Easel の音源部分である 208 は 208C モジュールとしてアップデート、 Easel Command へと生まれ変わります。MIDI を使用したコントロールの大幅な機能拡張、 CV/GATE 入力の追加によるユーロラック・モジュールとの互換性、各種パッチポイントの追加など、多くのデバイスと柔軟に連携をすることで、より現代的な製作環境にもマッチした設計になりました。元のパネルレイアウトを崩さない形かつ、スプリングリバーブやバクトロールを含むシンセサイザー部分の回路は全てアナログの回路にて設計されています。
Easel Command の基本デザインについて
・バナナ・Tini-JAXジャック
Easel Command の中にはオシレーターやエンベロープ、シーケンサーなどいくつかの機能モジュールが搭載されており、それぞれ見分けがつきやすいよう色分けがされています。例えばエンベロープにはオレンジ色が与えられており、パネル上のすべてのオレンジ色のジャックはエンベロープ・ジェネレーターの出力ジャックであることを表しています。
基本的な CV のパッチポイントは入出力共にパネル下部のバナナジャックにまとめられており、リアルタイムなスライダーコントロールの邪魔になりません。また出力ジャックも適度に分散し配置されていることでパネル上のパッチの状態が常にわかりやすい状態になります。これらの配置の妙は、パネルレイアウトと演奏のためのインターフェースに拘った Don Buchla のデザインならではであり、50年間の時を経ても色褪せない力強さを持ちます。
BuchlaではCV/Triggerのコントロール信号とオーディオ信号のパッチはそれぞれ異なる端子の規格を使用します。CV/Triggerはバナナケーブルを使用します。ケーブルで信号の分岐ができるので複雑なパッチを素早く作成できます。
オーディオのジャックは Switch Craft の Tini-JAX という規格のジャックを使用しています。0.141インチ(3.58mm)と少し特殊な仕様です。ユーロラックなどで使用する 3.5mm のパッチケーブルも使用できなくはないですが接触の具合があまり良くないので注意が必要です。
・スライダー
下に文字の書いてあるスライダーはそのパラメーターの値をマニュアル操作するためのスライダーです。各所に散りばめられた黒いジャックはコントロール電圧(CV)の入力ジャックであり、上部のスライダーは CV 入力のアッテネーターです。
この基本ルールは難解とされる Easel のパッチや操作をつかむための第一歩です。パッチ式シンセサイザーとしての基本的な仕組みは他のものと大きく変わりはありません。
・トグルスイッチ
それぞれのトグルスイッチは各モジュールのトリガーソース、波形、モジュレーションタイプの切り替えなど内部配線を切り替えるためにも使用されています。スイッチは瞬時に切り替えることができるためパフォーマンス中に音を探す、音を作る上でとても大きく役立ちます。
プリセットカードとその成り立ちについて
208モジュールは、Stored Program Sound Source という名前の通りに音色の保存(プリセット)可能な音源モジュールになっています。そのプリセット方式は左上の Program Interface というカードスロットに、電子部品をハンダ付けした専用のカードを差し込むことで瞬時に音色の呼び出しと切り替えを行う、というものでした。少なからぬ電子回路の知識も必要とますが、多くのパラメーターやパッチポイントをもつ 208 にはとても画期的かつ有用なものでありました。このプリセットカードはスライダーの位置、パッチ、そしてスイッチの位置も含むほぼ全てのパラメーターの情報を記録することができます。Don Buchla の頭の中には 208 を開発した当初から、カードによる外部記録と呼出しという機能が構想としてあったのでしょう。
ハンダ付け方式のプログラムカード。指定された、もしくは計算した値の抵抗を各所にハンダ付けしてプリセットを作成します。
そしてつい先日、Program Manager Card として現代的なプログラムカードが発売を開始しました。PC のエディターを使用してより細かなパラメーターの調整、パッチのエディットが可能です。カードにはいくつものプログラムが保存可能であり、保存したプロクラムは PC レスで Easel にロード可能です。ファイルとして書き出しもできますので自分のパッチをたくさんの人と共有をしたり他の人の作ったパッチを演奏をしてみるのも面白いかもしれません。
Buchla - Program Manager Card
Easel 用プログラム・マネージャー・カード
関連して、アナログシンセサイザーのプリセットについて考えてみましょう。ごく初期の電子音楽の制作環境では、いろいろな音程でオシレーターの音をテープに録音したものをライブラリとして保管し、これを切り貼りして音楽を制作していました。そのため、一定のシーケンス(フレーズ)を作るためにも複数種類のテープを切り貼りし、またそれを録音し複製し、というかなり煩雑な方法を必要としていました。BuchlaやMoogのシンセサイザーの画期的であった点とは、各パラメーターが電圧の値で操作可能(ボルテージ・コントロール)であったことと考えています。シーケンサー(Buchla 123,146)やタッチプレート式の鍵盤で切り替え可能なボルテージソース(Buchla 112,113,114)があれば、オシレーター周波数、音量や、音の明るさなどの各パラメーターを正確に、繰り返し再現可能になります。これらは決してオシレーターのピッチ(メロディー)だけを演奏するために制作を必要としたものではありません。1つのステージ、鍵盤ごとに複数の制御電圧を設定、出力できることからも、これらは再現性と汎用性を兼ねたプリセットであると考えて良いと思います。そしてこの仕組みは現在も多くのシンセサイザー、そして何よりユーロラック・モジュラー・シンセサイザーの世界においても変わらず、基本とされています。
デジタル・メモリー以前のプリセット方法としていくつかの例を挙げてみましょう。EMS の Synthi A(KS)にもプリセットカードがありました。マトリクスピンの配置のみを記録しノブの値などは裏面の表を読み、マニュアルで設定します。(画像1~2枚目)YAMAHA CS-80 はパネル上に配置された小さなスライダー、スイッチを調整することでユーザープリセットを4つ持てます。(画像3枚目)Mellotronは物理的にテープを入れ替えることで音色を切り替え可能です。1つのテープユニットごとに3つの音色が入っています。シンセシスとは異なりますがある種のプリセットと呼べるかもしれません。(画像4枚目)
Easel Command の機能拡張点
Easel Command は、より多様な機器との連携、そして Easel がもっと豊かな楽器へと進化するため、いくつかの機能拡張を行いました。MIDI CC での各パラメーターの操作が可能になり、エンベロープやシーケンサーは特定の MIDI ノートを送信することで個別に動かすことができます。また、別売オプションの Easel X7 USB-A MIDI Host Expander を取り付けると PC レスで USB–MIDI コントローラーと Easel Command を直接接続可能になります。詳細は Buchla USA の公開する MIDI インプリメンテーション・チャートをご確認ください。
背面にはユーロラックの電圧レベルと互換性のある CV/GATE 入力が追加されています。それによりユーロラック・モジュラーシステムから Easel を操作し、Easel の音をユーロラックのモジュールで加工するといったことも可能になりました。
オシレーターとゲート(LPG)の独立した入出力、およびモジュレーションオシレータへの FM 入力の5つのオーディオジャック、また Wave Shape ノブやエンベロープ・ジェネレータを制御するための CV 入力が追加され、Easel の演奏の幅が格段に広がりを得ました。Preamp モジュールに外部からの信号入力がない場合は、Buchla 266 の回路を使用したアナログ・ホワイトノイズが内部接続され、パーカッシブなドラムや波の音のようなサウンドスケープを Easel の演奏に追加できます。
次の記事、②Easel Commandの機能解説(CVジェネレーター編)に続きます!
Buchla - Easel Command
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Buchla Easel Command 完全解説 ② CVジェネレーター編
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