はじめに
2023年で10周年を迎えるTFoM(Tokyo Festival of Modular)、そしてAFoM(Asian Festival of Modular)、大阪で開催されるKFoM(Kansai Festival of Modular)に向けて、中国 北京を拠点として活動するtamiX氏へメールでのインタビューを行いました。
彼女は5年ほど前に東京に長期滞在していたことがあり、Five Gで会うたびにでビデオモジュラーや彼女の活動についての話などをよく伺っていました。今回のインタビューではtamiX氏のバックグラウンドやこれまでの活動内容から、Buchlaシンセサイザーを使用して演奏することに対する彼女の気づきや姿勢に触れることができました。
そして今回のインタビューと合わせて11月27日(月)にFive Gでは彼女のレクチャーイベントを開催します。
「Why and how to play Buchla 200e」と題し、非常に難解かつ高価ゆえに情報の少ないBuchla 200eシリーズを利用したライブパフォーマンスを構成、演奏する方法についてのレクチャーとミニライブを予定しています。
開催概要
内容:tamiX氏によるBuchla 200eシリーズとサードパーティ製Buchlaモジュールを使用した即興演奏ライブについてのレクチャー。
日時:23年11月27日(月) 17時から19時頃までを予定 ※途中参加可能。20時に完全閉店
場所:東京都渋谷区神宮前1-14-2 ル・ポンテビル4F Five G 店内
定員:なし(立見先着順、おおよそ30人程度を予定)
入場料金:なし
このインタビューを読むことで日本での彼女のライブパフォーマンス、そしてレクチャーをより楽しむことができるでしょう!
・tamiX Japan ツアースケジュール
11月18日(土) Kansai Festival of Modular @ NOON+Cafe 大阪(レクチャー&ライブ)
11月22日(水) Asian Festival of Modular @ 神楽音 東京(ライブ)
11月25日(土) Tokyo Festival of Modular @ The Face 代官山 東京(ライブ)
11月27日(月) 「Why and how to play Buchla 200e」@ Five G 東京(レクチャー)
tamiX氏 インタビュー
Q1.まず初めにあなたのバックグラウンドを教えてください。音楽だけでなくビジュアルイメージや広範囲なテクノロジーへの関心も強いと感じています。私があなたについて知っていることは MIDIFAN、初音ミク、スケートボード、コスプレ、ビデオモジュラー、Buchla、などがありますが、それは断片的なイメージばかりです
A1.
私は子供の頃、親に言われてバイオリンを習い事として無理やりに数年間学ばせられました。その時、退屈なバイオリンの稽古で遊ぶ機会を失うことが非常に嫌だったのですが、それでも音楽について多くの理解を持つようになり、特にメロディーラインに非常に敏感になりました。
Midifan について:
中学校に入学すると、パソコンで音楽を作ることができると聞いて、非常に興味深く、自分でも試してみようとしました。当時、中国本土でパソコンで音楽を作るに関する情報を見つけるのは非常に困難だったので、HTML を独学で学び、Midifan というウェブサイトを立ち上げました。本来はただ遊びで作ったものですが、徐々に中国本土で最も影響力のあるコンピューター音楽のポータルサイトになっていったのです。ウェブサイトを運営する時、様々なメーカーから提供されたハードウェアやソフトウェア製品を評価する機会がたくさんありました。しかし、私の興味は常に機材と技術だけにあり、これらの機器を使って音楽を作る試みは本当にあまり興味なかったので、その時はウェブサイトをいかに向上するかだけを考えていました。今でも私は毎日少なくとも1 ~ 2時間を Midifan の日常業務とコンテンツの更新に費やしています。私には4人のフルタイムの編集者と数十人の契約作家がおり、一緒に毎日8 ~ 10件以上のニュースと技術記事を更新することを保証しています。
初音ミクについて:
私は実際にはかなりの「オタク」です。テクノロジー + 音楽 + オタク = 初音ミクということで、初音ミクと相性がよく、それにハマるわけです。私、そして初音ミクが好きな友人たちは、Crypton が V4C 中国語版の音源を公式に開発していると聞いたとき、高品質の音楽を作るすべきだと思いました。そこで、中国語版リリースの前に Crypton と連絡をとり、中国語の曲を作ると申し込みました。そして、Crypton の公認で初音ミクの最初の中国語曲のアルバム「初梦」の誕生しました。その後、私たちは二枚目のアルバム「恋糖」を制作しました。私たちが制作した曲は初音ミクの中国でのコンサートでも取り上げられ、初音ミクの PlayStation のゲームにも採用されました。さらに、私たちがデザインした「初梦」のキャラクターは MaxFactory によってフィギュアとして商品化され、Good Smile Company がそれを発売しました。私たちは、Crypton 公式が許可する範囲内での第三者としてのできることが全部やりましたが、他にやりたいことも実はありました。ただ、Crypton 公式がそれを許可するのは難しいので、それ以上初音ミクをやる意味がなくなったと感じ、初音ミクを卒業しました。さらに自分も徐々にオタクではなくなりました。
ビジュアル・モジュールについて:
初音ミクに関する活動の後、私はモジュラーシンセサイザーに興味を持ち始めました。当時、主に eurorack モジュールを使ってサウンドを作るだけでしたが、勉強するうちにビデオ eurorack モジュールが存在し、それが純粋なアナログ信号でこれまでにない驚くべきビジュアルを作成できることを偶然にも発見しました。これは私にとって目を見張るものでした。そこで、私は LZX Industries のビデオモジュールの研究と購入を始め、さらに BPMC、Tachy+、Gieskes などの会社の glitch デバイスを購入しました。さらに、eurorack のオーディオモジュールの波形をオシロスコープや Vestrex ディスプレイに送り、Rutt Etra イメージを作成する方法を研究しました。また、Psychedelic Light Show のために多くのディスクやペイントを試してみました。このような「純粋な物理的」な方法でビジュアル・アートをやることは、思考の幅を広げるものでした。私はさまざまなパフォーマンスの機会を探し、音楽のジャンルやイベント会場のスタイルに基づいてさまざまなビジュアルのスタイルを試してみました。毎回、新しい発見がありました。しかし、現在私自身の Buchla での音楽パフォーマンスが増えたので、今は他のアーティストのビジュアルをやる時間はほとんどなくなりました。本当に残念です。
図4:ビジュアル・モジュールを使用した初めての大型イベント=乌镇劇場祭(Wuzhen Theatre Festival)での戯曲「从午夜到清晨」(「真夜中から明け方まで」)2019年10月30日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認(写真:tamiX)
図5:LZX Industries のビジュアル・モジュラーシンセサイザーを中心としたイベントの現場の様子,2023年3月5日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認(写真:Tabriss)
ビデオ:初めて LZX Industries を中心としたビジュアルモジュラーシンセサイザーを使用して参加した他のミュージシャンのライブ,2020年4月20日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
ビデオ:初めての eurorack オーディオモジュールと Vestrex ディスプレイを使った Rutt Etra イメージによるビジュアル・ライブ・パフォーマンス,2020年11月10日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
ビデオ:金魚とさまざまな照明を使用し、フィードバックと合わせた Psychedelic Light Show,2022年1月19日
Buchlaについて:
ビジュアルアートをやっている間、私は上海のトッププロデューサーである严俊を訪問する機会がありました。彼の家の壁一面に並べられた Buchla モジュールは、私をまったく新しい世界に引き込みました。初めは Buchla が非常に複雑で操作が難しい機械だと思っていましたが、彼の指導の下でそうではないことに気付きました。そこで、私は手元のオーディオの eurorack モジュラーシンセを全て売る決意をし、次第に Buchla 200e のシステムに購入することにしました。彼のアドバイスに従って、18-panel の SAModular サードパーティのケースも購入しました。最初の Buchla のパフォーマンスは、ファッションブランドの発表会でのモデルのランウェイでの即興演奏でした。その公演は ambient + experimental な音楽スタイルでした。
図6:初めての Buchla ライブ・パフォーマンス現場,2020年10月17日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
ビデオ:初めての Buchla ライブ・パフォーマンス,2020年10月17日(ambient + experimental)
ある日、友人が私をクラブに遊びに行くように誘いました。その夜は「kaishandao」という女性ミュージシャンがドラムマシン、シンセサイザー、ギターを使ったパフォーマンスがあり、現場は非常にワイルドでした。それを見て、Buchlaを使用して、そのようにクラブでのパフォーマンスに適した techno 風の音楽もできるのではないか思いました。YouTube では Buchla を使ってクラブで踊れる techno 音楽を演奏する例は一つも見つかりませんでしたが、これは自分ができる事だと思いました!
ビデオ:初期の未熟な techno のライブパフォーマンス現場,2021年8月28日
それをきっかりにして、私は音楽のスタイルを techno に変更し始めました。Buchla で techno ダンスミュージックを作成するのは本当に簡単なことではありませんでした。そのため、6-panel のボックスを追加し、24-panel のモジュールを使用してパフォーマンスを行うことにしました。これは、私が一人で運べる最大のモジュールの量です。ライブ・パフォーマンスをやればやるほど、自分の Buchla システムもモジュールの入れ替えも頻繁になり、少しずつ進化してきました。
2021年の終わりに、Detroit Underground レーベルが私にレコードをリリースするようと招待しました。そのため、私は2022年1月1日のパフォーマンスを直接録音して彼らに渡しました。その録音が私の初のアルバム「X New Year」となりました。
ビデオ:《X New Year》ライブ,2022年1月1日
今年、私はこの巨大なモジュールシステムを持って、2回の中国ツアーを行いました。中国の最も有名なクラブでパフォーマンスを行いました。10月には、初めて海外でアメリカのシカゴにある KnobCon でのパフォーマンスをしました。そして、予定されている11月には日本の東京モジュールフェスティバルと大阪モジュールフェスティバルでのパフォーマンスを楽しみにしています!
ビデオ:Buchla ツアー=深圳クラブ Oil での2時間ライブ,2023年5月28日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
ビデオ:KnobCon 2023ライブ,2023年9月8日,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
スケートボードについて:
2020年、友人の家で食事をしていると、壁に新しいスケートボードがかかっているのを見ました。彼は数回スケートボードを滑らせて転んだので、怖くてやめたと言いました。私は子供の頃、他の人がスケートボードを滑るのを見て、とても羨ましく思っていました。
そして、私は彼のスケートボードを持って帰りました。当時、2020年の新型コロナウイルスによるパンデミックが始まったばかりで、しばらくの間、すべての公演が中止されていました。驚くべきことに、私の家の隣には、新しくて大きな屋内スケートボードパークがあり、わずか2分の距離にありました。そこで、毎日スケートボードの練習を始めました。
最初、私はスケートボードが簡単だと思っていました。難しいと言っても、Midifan、初音ミク、ビジュアルアート、Buchla でのパフォーマンスぐらいで、1、2年で非常に高度なレベルに達することができるだろうと勝手に思いました。しかし、私は大きく間違っていました。スケートボードは本当に難しく、世界で最も難しいスポーツであり、勇気も必要です。特に私のように、全くの素人で幼少期からの練習もなく、途中から始めた女の子にとって、プロのレベルに達するのはほぼ不可能です。
そして、スケートボードをやる間、足首を骨折し、3ヶ月間ベッドで過ごしたことがあります。今でも私の足には鋼の板が入っています。それでも、私はまだ諦めません。公演がない日でも、毎日スケートボードを滑りに行き、スケートボードパークでパートタイムのコーチとして働き、子供たちにスケートボードを教えています。私のスケートボードのスキルは上達が遅く、レベルは高くありませんが、私はこの魅力的なスポーツとライフスタイルを諦めたくありません。
ビデオ:スケートボードパークでの練習 Backside boardslide
cosplayについて:
コスプレが好きでない女の子はおそらくいないと思います。しかし、実際には私は単純なコスプレをしているわけではありません。私は自分自身で物語を書くのが好きで、その物語の設定に基づいて服を購入し、メイクやヘアスタイルを整え、撮影の場所を探し、写真を通じて物語を伝えるのが好きです。そして、これらの物語はすべて時事問題と関わっています。現在、私は6冊の写真集を出版しており、そのうち3冊は私自身が書いた物語のシリーズの写真集です。
最後に宣伝をさせてください。すべての写真集は私の Patreon で見ることができます。https://www.patreon.com/tamiX
Q2.
現在の Buchla のスタイルになるまで、私は DTM (初音ミク)、ユーロラックモジュラーとビデオシンセという経由地点を見てきました。その間にある思考や趣向の変化はどういったものでしたか?
A2.
私は実際には techno 音楽を過去にあまり聞いたことはないですし、知識もほぼないと等しいです。Buchla に最初に触れたときも、ambient や experimental な音楽を試みるだけでした。しかし、クラブで他人のパフォーマンスを見て、その音楽が会場全体の人々が狂ったように踊らせることを見ると、それは非常に格好良く、クールだと思いました!ambient や experimental なスタイルは悪くはありませんが、それらは少し静かすぎるか、あるいは奇妙すぎるかもしれません。そして、ambient や experimental の愛好者の数は EDM や techno と比べて圧倒的に少ないです(現在も私は Buchla を使用して ambient や experimental なスタイルのパフォーマンスや音楽を作成していますが、再生数は techno と比べてはるかに少ないです)。
ビデオ:私は Eventide H90 のために作られた ambient 音楽「The 251e in the Summer」がとても気に入っています。残念ながら再生回数はそれほど多くありません。
Buchla を使って techno を制作する前から、私は Buchla が何でもでき、どんな音楽スタイルでも上手くできると信じていました。そこで、Buchla でそれを実現する方法を探求し始めました。今でも、Buchla は私に常に新しい驚きを与えてくれます。新しい使い方やユニークなサウンドを発見することがよくあります。
私は、Buchla がライブパフォーマンスの際にもたらしてくれる予期しないサプライズの方が好きです。ライブをする際、基本的な音楽シーケンス、アルペジオなどの準備を終えた後、私はそれらが協和し、衝突しないようだけ確認します。そして、どのように開始し、どのように終了するかを考えます。中間の変化や遷移についてはあまり考えず、事前の練習を避け、完全に即興でライブパフォーマンスを行います。Buchla は毎回私に新しい驚きを与えてくれます。誤って操作した部分が驚くほど良く聞こえたり、目を引くほどのサプライズができたりすることがあります。これは、Buchla のデザインに含まれる「音楽性」がもたらす予期せぬ喜びかもしれません。
Q3.
Buchla のモジュールを使って、あなたのようにダンス音楽を演奏することで、良いと感じることやメリットと、反対に困ること、デメリットを教えて下さい。また、あなたはそのデメリットをどのように乗り越えていますか?
A3.
Buchla の鳴らすベース、低音のその短くても力強い音色は、他のシンセサイザーが匹敵できないものです!これは全て、Buchla の優れた 281e エンベロープ・ジェネレーターと 292e の持つVCA+LPG の設計のおかげです。私は、これらが Buchla の特徴的なサウンドの核心であると考えています。
Buchla でダンスミュージックを作るのには欠点がたくさんあるのは確かですね!それでないと、Buchla でダンスミュージックを作る人がより多くいるはず。
1.モジュールのサイズが大きく、機能が限られている、持ち運びが難しい(多くのクラブにはエレベーターがないため)ツアー中の電車や飛行機の移動が非常に困難です。
解決策:全てが無事であることを祈るだけです。
2.音の高さ(ピッチ)が正確でない:Buchla の主要な二つのオシレーターモジュール、261e と 259e の音の高さは非常に扱いにくいです。それらの音の高さの入力 CV には、調整が非常に難しいアッテネーターがあります。210e を使用してピッチCVにオフセットを重ねて、オクターブの変化をさせるときも、しばしば正確ではありません。毎回の起動時にピッチもズレます。さらに、ピッチの CV 信号が 257e の slew を通過すると、100%正確でなくなります。若い頃の Suzanne Ciani はこの音の高さの問題について Don Buchla にクレームを付けたことがありますが、Don はどう答えたと思いますか?「それならば2オクターブ以上の旋律を作らないでくださいーー」
解決策:「音の高さが正確でないことも techno の魅力である」と自分自身を納得させることです。
3.モジュールの選択が少ない:Buchla システムは、一部の基本的な機能モジュールを欠いています。例えば、CV 信号を専門的に処理するための VCA がありません(Keen Association が最近リリースした 293e がこの機能を補完していますが、彼らはロシアにいるため、支払いができないのです)。
解決策:ない機能を使わないことです。
4.多くのパラメータ調整の CV 入力には アッテネーター が付いていません
解決策:外部の アッテネーター を使用します。例えば、私は2台の Low Gain Electronics 製の UTL-1A Format Jumbler Utility Box パッシブ アッテネーター を使用しています。
Q4.
あなたのポートフォリオにコンピューター、ドラムマシン、MIDI が嫌いと書いてありましたが、通常そういった音楽を演奏するためには便利な道具の演奏補助が欲しくなるのではないと思います。モジュラーシンセ、そしてその中でもより複雑な Buchla を使用しながらそういった便利な機能が欲しくなることはありませんか?
A4.
あなたのおっしゃるとおり、真のミュージシャンは最良で最も適切なサウンドを得るために可能なあらゆる手段を使用すると思っています。しかし、私自身は本当のミュージシャンではありません。音楽のパフォーマンスやビジュアルアートの制作は、私の趣味としての活動に過ぎません。趣味として、私は自分の好みや情熱に従って活動しています。そして、私が音楽を作るための唯一のモチベーションは、Buchla そのものです。
前述でもお話しましたが、私は実際には音楽を作る能力がほぼありません。DAW を開き、数多くのプラグインに直面したとき、私は完全に呆然になります。何をすべきか分からず、自分の好きな音楽を作り出すことができません。しかし、Buchla のモジュールに触れたとき、私は驚くほど自分の好きなサウンドを簡単に作り出すことができます。さらに、実際にライブパフォーマンスも行うことができます。この自由自在な感じは私がとても好きです。言ってしまえば、私は Buchla に非常に深い感情を持っています。そのため、Buchla 以外の機材で音楽を作成することは望んでいませんーー例えそれらがどれほど便利であっても。
私の Buchla に対する深い愛情と執着心を除いて、完全に一つのシステムだけを使ってパフォーマンスをするのには、確かな理由があると思います。
例えば、MIDI の接続や同期の問題について考える必要がありません。また、さまざまなオーディオケーブルのレベルや端子の変換に関する問題や、CV 信号の電圧の互換性についての問題も考慮する必要がありません。Buchla システムには独自の設計基準があります。例えば、オーディオ入力は常に下に、オーディオ出力は常に上に配置されています。オレンジ色のバナナプラグは常にパルス入力を示し、赤色のバナナプラグは常にパルス出力を示します。青色/紫色のバナナプラグは常に主要/補助 CV 出力を示し、黒色/灰色のバナナプラグは常に主要/補助 CV 入力を示しています。これにより、機器を操作する際に余計なことを考える必要がありません。異なる機器を組み合わせて使用する場合、eurorack モジュールであっても、各モジュールや機器は独自の設計ルールを持っています。これにより、ライブパフォーマンス中に考慮すべきことが増え、混乱しやすく、集中力が散漫になりやすいです。
すると、私は Don Buchla の言葉「Buchla の音程が正確でない?それならば、2オクターブ以上の音楽を作らないようにしましょうーー」がどういう意味だったのかを突然理解するようになりました。我々が音楽を演奏するために機器を使っているのであれば(伝統的なアコースティック楽器も一種の機器です)、実際には私たちの音楽は完全にその機器によって操作されていると言えます。あなたは機器の能力を超えて音楽を作ることはできません。例えば、バイオリンはピアノの音を出すことはできません。一方、壁一面の Buchla モジュールは、小さなドラムマシンの持つ打楽器の豊かさを再現することができないかもしれません。
しかし、それが問題なのでしょうか?私はBuchla でそのような豊かなドラムトラックを作成しようとしないだけです。各楽器の特性を最大限に活かすことができればよいです。そうすることで、私たちの音楽は豊かで多彩になります。
同じ理論で言えば、Buchla は精巧に設計されたモジュールシステムであるにもかかわらず、200、200e や少数のサードパーティモジュールが提供する機能は非常に限られています。これは日々革新に努める eurorack の世界と比べるとかなり劣っているように見えます。このように見ると、Buchla モジュールを選択するのは賢明ではないように思えますが、私にとってこれはむしろ長所です。これにより、限られたモジュールだけを使用して、豊かな音楽を生み出すためのあらゆる方法を考えるようになります。
一方、開放的な環境であれば、「私のドラムのサウンドがよくないな~」と感じると、新しいドラムマシンを購入するか、YouTube でどの eurorack モジュールがドラムに最適かをチェックすることに時間を費やし、さまざまな新しい機器に注目するのに時間を大量に浪費してしまい、手元にある機器を最大限に活用することを忘れてしまいます。
Buchla はもう革新的なモジュールシステムではないかもしれませんが、私にとってはそれを操作するたびに新しいアイディアが浮かびます。例えば、Keytar (ショルダーキーボード)のように Buchla を演奏しようと思ったことがあります。さまざまなセンサーやコントローラを身につけ、できるだけモジュール本体を触らずに演奏するなど。シンセサイザーの操作方法に新しい風を吹き込み、観客にも新しい視覚と音楽的な体験を提供するものでした
ビデオ:初めて keytar で Buchla を演奏,2022年4月23日
例えば、私はある時、苏州の庭園での演奏に招待されました。そうした静かな環境で Techno を演奏するのは明らかに場違いでしたが、伝統的で静かなアンビエントを演奏するのも避けたかったので、ドラムのない Techno を試みました。
ビデオ:Look Mum No Kick Drum,2023年5月17日
つまり、一つの固定されたシステムの中で制約されていても、それが演奏者をより集中させ、さまざまな面白い音楽やパフォーマンスを生み出すための方法を考え出すことを促すようになります。
もちろん、私のライブ・パフォーマンスはパソコンを使わず、決められたプログラムを再生しないですし、サンプルを使わなかったり、ドラムマシンを使わなかったりするため、他のミュージシャンのように「豊か」ではないでしょう。実際、私に様々な機器を追加するよう話した人が結構いました。
しかし、先にも言ったように、私はプロのミュージシャンではないですし、音楽の分野で偉大な目標を達成しようとも考えていません。ですから、そういったことをしないとファンが増えないという心理的な緊迫感は感じていません。もし、私の音楽が他の人のものほど豊かではないと言うなら、それは受け入れます。それが私のスタイルで、他の人の豊かな音楽と比較する必要はありません。でも、私は自分が愛している Buchla に常に誠実であり、私の大好きな機材で、自分が心地よいと感じる音楽を作るだけで、私はとても満足しています。
Q5.
今年から Dolby Atomos での表現にチャレンジしていますね。Buchla モジュラーは70年代の200シリーズにも Quadraphonic を意識したモジュールが多くありました。(現在の 200e シリーズもです)これは70-80年代の音楽再生技術の流れであったこともありますが、Buchla シンセのモジュールたちがサラウンドを意識した設計であることを確証づける事実でもあると思います。Quadraphonic から Dolby Atomos へサラウンド表現のアップデートを行なってどのような恩恵を感じましたか?
A5.
Don Buchla は、200(e)をデザインする際に、Quadraphonic(4チャンネル)のパフォーマンスの需要を先読みで考慮していました。彼は、音の空間内での位置も音のパフォーマンスをする者が考慮すべき要素であると考え、非常に先見の明がありました!Buchla の多くのモジュールは、4チャンネルのコンセプトを基に設計されています。例えば、281e エンベロープジェネレータ、292e VCA+LPG、223e タッチパネル、251e シーケンサー、256e CV プロセッサーなど。サードパーティのモジュールも Don Buchla の哲学を受け継いでおり、Keen Association の 282e CV ジェネレータ、293e VCA+LPG、224e タッチパネル、268e オシレーターや、THC の Nested Vector Oscillator オシレーターなどがそれに該当します。もし、あなたが Buchla を使用して伝統的なステレオ音楽のみを作るつもりなら、実際のところその大半の楽しみを逃してしまうでしょう。そして、Don Buchla の Buchla に対する先進的なデザイン思想を無駄にしてしまうことになるでしょう。
そのため、私は早い段階で自分のスタジオに Genelec のスピーカーを使って Quadraphonic 4チャンネルのシステムを設置しました。しかし、適切なライブ・パフォーマンスができる場所を見つけ、主催者を説得して同じスピーカーを四つ配置するのは簡単なことではありませんでした。
しかし、Dolby Atmos が人気を博している今、この夢は現実のものとなりつつあります。通常、Quadraphonic 4チャンネルシステムは正方形の空間内が必要です。スピーカー間の距離が広すぎて、音がうまく連携できなくなる可能性がありますので、場所も大きすぎないようにしなければいけません。しかし、Dolby Atmos はより多くのスピーカーを設置する事でこの問題を解決しています。さらに、天井のスピーカーを補助的に使用することで、大きな場所でも問題なく音を出すことができます。
今年の8月に、私は Buchla を使って自分の初めての Dolby Atmos のパフォーマンスを行いました。これは、Buchla だけを使用した世界初の Dolby Atmos ライブパフォーマンスかもしれません。みなさんは Apple Music で《tamiX in Atmos》を検索して、このパフォーマンスを空間オーディオで聴くことができます。
ビデオ:《tamiX in Atmos》ライブ・パフォーマンスの映像の一部,2023年8月24日(YouTube が Dolby Atmos を支援しないため、ビデオのオーディオが binaural 形式となります。ヘッドホンやイヤホンでの視聴を推奨)
ライブで使用した機材一覧:
Buchla 200e Modular System (24U) + 223e タッチパネル:メイン・システム,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
Buchla 200e Modular System (5U) + 224e タッチパネル + Northern Light Modular から改造された2H9s(2つ):Quadraphonic4チャンネル・出力とエフェクトの補助システム,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
Low Gain Electronics UTL-1A Format Jumbler Utility Box x2:CV 信号を処理するための補助
Low Gain Electronics UTL-3 Format Jumbler Utility Box:バナナプラグと tinijax シグナルの変換
Low Gain Electronics UTL-1/2 Format Jumbler Utility Box:バナナ・プラグと TS プラグとのシグナル変換
Eventide H90:エフェクト
Sound Devices MixPre 10 II:レコーダー、そしてオーディオ・インタフェースとして4チャンネルのオーディオを MacBook Pro に出力。
Furman SMP EVS LiFT x2:電源安定化装置
RME MADIface XT:MacBook Pro からの12チャンネルの Dolby Atmos 音声を、MADI デジタル同軸信号として現場のデジタルミキシングコンソールに出力するためのオーディオインターフェースとして使用
Logic Pro X を立ち上げた Apple MacBook Pro:5ms 未満の遅延で、Quadraphonic 4チャンネル音声をリアルタイムで Dolby Atmos にアップスケールする
Q6.
システム全体のバランスをどのように意識していますか?モジュラー(Buchla)シンセをライブパフォーマンスのために使用する上で気を付けていることを教えてください。
A6.
私の 24-panel のシステムは、何度も変更をしましたが、現在、2つのケースに分かれており、上部のケースには 18-panel が配置され、206e がプリセットマネージャーとして機能しています。一方、下部のケースには 6-panel が配置され、282e がプリセットマネージャーとして動作しています。詳細は以下の通りです:
図17:tamiX 現在の Buchla システム,「ModularGrid」にアクセスしてモジュールの詳細を確認
システムの接続は実際には非常にシンプルです。Buchla は3つのオーディオ・チャンネルを Eventide H90 エフェクトプロセッサーに出力します。最初の2つのチャンネルはステレオで、Buchla のすべてのサウンドが含まれています。3つ目のチャンネルはモノラルで、キック・ドラムのサウンドのみが含まれています。Eventide H90 は、Buchla の全体のサウンドに Shimmer Reverb エフェクトを追加し、キックドラムに Dynamic + EQ エフェクトを追加した後、3つのチャンネルを Sound Devices Mix 10 II に出力します。これにより、最終的なボリュームの調整、録音、およびライブ PA 用のステレオミックスが行われます。
もしキック・ドラムを使用しない ambient のパフォーマンスをする場合、3番目のチャンネルも Buchla で合成された音を出力します。その音に Eventide H90 を使用してディレイのエフェクトを追加します。
実は、私の AD エンベロープの数は完全に足りていません。しかし、これ以上のモジュールを持ち歩くことはできないので、多くのモジュレーションのターゲット・パラメータは同じ AD エンベロープを共有しています。外部のパッシブ・アッテネーターを使用して、同じエンベロープを電圧変更してから、異なる場所に分配しています。
ライブ・パフォーマンスの際に注意すべき点として、以前にトラブルを経験した経験から、以下の点を挙げられると思います。
ライブする前に、各オシレーターの音程を再確認して微調整する。
各モジュールの位置、操作が必要なノブの位置をよく覚えておく。
ケーブルを整理して、操作が必要な場所を隠したり、ノブが誤って動かされるのを防ぐ。
良いスタートを考える。ライブのスタートが良ければ、観客の関心と興味も高くなる。
終わり方もよく考える。終わり方が良ければ、最後に観客の拍手とエールを得ることができる。ライブの途中で少しミスがあっても問題ない。
もし、ライブ中に予期しない音が出た場合、冷静に対処する。それが意外と良い音に聞こえることもある。
もし、予期しない不協和音を生じた場合、すぐにその音のチャンネルをメイン・ミキサーでオフにして、得意な内容を演奏する。演奏しながら問題の原因を探る。
パフォーマンスの前には、できれば機材の隣に立っていて、誰かが無作為にあなたのセットをいじるのを防ぐようにする。
パフォーマンス中にケーブルを差し込んだり、取り外したりすることをなるべく避けるようにする。もしやむを得ずそうしないといけない場合、異なる色、長さのケーブルを使って、迅速にそのケーブルを見つけるようにする。
繰り返しと冗長を感じさせないシーケンスやアルペジオを作成する。Buchlaの251eや252eなどのポリ・シーケンサーを活用すればそれを実現可能。シーケンスの変化だけでなく、音色、オクターブ、ノートの持続時間なども頻繁に変化させることで、真に繰り返しがなく、単調にならない音楽を演奏することができる。
あらゆる方法を駆使して、観客に自分が音楽を演奏して操作していると感じさせ、単に機器が音楽を自動で再生しているという印象を与えないようにする。もちろん、あなたの目的が人の介入を必要としないジェネラティブミュージックのパフォーマンスである場合は除く。
できるだけ機材を変えずに、同じシステムや機器を使って多くの演奏を行い、操作のスキルを高める。
かなり重いですが、私はいつもライブでFurman AC-215A安定化電源を使い、Buchlaシステムの電源供給の安全と安定を確保しています。